現在主流のチタン製インプラントは1980年頃からその評価が世界的に高まり、盛んになってきています。しかしここへきてインプラント周囲炎の問題が盛んに議論され始めています。
これは一体どういうことなのでしょうか?その理由としてインプラント周囲炎罹患率に関する調査が十分に行われておらず、また、インプラント周囲炎に対する正しい検査や診断方法が存在しなかった為にインプラント周囲炎にかかっている人が少ないと判断されていたことが指摘されています。
しかし、最近になってようやくインプラント周囲の歯ぐきの検査が行われるようになり、インプラント周囲炎にかかっている患者さんが多く存在するということが分かってきたのです。また、インプラント治療をますます多くの人が受けることになってきたことにより、今後インプラント周囲炎に悩まされる人がどんどん増えることでしょう。
1インプラント周囲炎とは
インプラントを挿入している方は、まず、以下のセルフチェックをしてみてください。
■インプラント周囲炎セルフチェック
インプラント、またはインプラント周囲の歯ぐきに次の症状が1つでもあったらインプラント周囲炎にかかっている可能性があります。早めにかかりつけ医を受診しましょう。
- 歯ぐきが赤くなっている
- 歯ぐきから血が出る
- 歯ぐきが腫れている
- 歯ぐきがむず痒い、または鈍い痛みがある
- 歯ぐきの隙間が大きくなったような気がする
- 変な匂い、味がする
- インプラントが露出してきた
- 歯ぐきから膿がでる
- かむと違和感がある
- 食べるときに物がはさまる
- インプラントがグラグラする
9〜11の症状はかなり末期になって出てくる症状です。
天然の歯で歯周病が起こるように、インプラントの周囲の組織も炎症を起こすことがあります。これをインプラント周囲炎と呼び、インプラント体が埋め込まれている部分の歯ぐきや骨に炎症を起こしている状態です。進行の状態によってインプラント周囲粘膜炎とインプラント周囲炎の二つに分けられます。
■インプラント周囲炎はどうやって起こるの?
インプラント周囲炎は、インプラント体の周囲の歯ぐきや骨などの組織が、口の中の歯周病原菌によって炎症を起こし、だんだん破壊されていくというもので、天然歯の歯周病と同じようなメカニズムと言えます。
■インプラント周囲粘膜炎とインプラント周囲炎の違いは何?
・インプラント周囲粘膜炎
インプラント周囲の粘膜だけに限られた炎症。天然歯でいうと歯肉炎にあたるもの。
・インプラント周囲炎
インプラント周囲の骨にまで炎症が達してしまっており、骨の破壊が見られる。天然歯で言うと歯周炎に当たるもの。
■インプラント周囲炎の主な原因
歯周病と同じで、インプラント周囲炎を起こす主な原因となっているものは歯の周りについた歯垢(プラーク)です。歯垢を構成している中の歯周病原菌がインプラント周囲の歯ぐきや骨に感染を起こし、炎症を起こします。
■インプラント周囲炎の他の原因、進行させるリスクファクター
以下もインプラント周囲炎を起こしたり、進行させるリスクファクターとなります。
①歯周病にかかったことがある
これまでに歯周病になったことがある、または他の歯に歯周病がある場合はインプラント周囲炎に罹りやすくなります。
②喫煙・アルコール
喫煙は歯ぐきの血行不良や唾液が減少する原因となり、歯垢が溜まりやすくなります。また、アルコールも利尿作用により口の中が乾燥しやすく危険因子となります。
③糖尿病
糖尿病にかかっていると感染症にかかりやすく、歯周病原菌に感染しやすくなります。
④かみ合わせの過剰な負担
インプラント体にかみ合わせの過剰な負担がかかることによって周囲の骨の吸収が進みやすくなります。
具体的には
- かみ合わせの調整をきちんと行っていない
- 歯ぎしり
- 食いしばり
などが挙げられます。
⑤口呼吸など口の中の乾燥
口呼吸をしていたり、ストレスなどによるドライマウス、またある種の全身疾患、薬の副作用などで口の中の唾液が少なくなっている場合、唾液による歯垢を洗い流す作用が行われにくくなる為、歯垢が溜まりやすくなります。
⑥疲れや体調不良
疲れや体調不良によって免疫力が落ちると歯周病原菌の感染が起こりやすくなります。
以上はインプラント体を入れてから起こる場合のインプラント周囲炎の原因ですが、手術が原因で起こる場合もあります。例えば
- インプラント手術において骨を削る時の注水不足による熱傷や力のかけすぎ
- インプラントの骨不足
- インプラントをした部分の歯ぐきの血流不足
などが挙げられます。
■インプラント周囲炎の症状
インプラント周囲炎は一般的な歯周病と同じく、初期の段階ではほとんど自覚症状がありません。ですが厄介なことに、一度かかると歯周病よりも急速に進行してしまいます。またさらに、歯周病と比べて痛みやグラつきなどの症状は自覚症状として出にくいので自分ではなかなか気づきにくいという特徴があります。
一般的な症状としては次のようなものがあります。
- 歯ぐきの出血
- 歯ぐきが赤くなる
- 歯ぐきの腫れ
- 痛み(よっぽど進行しないと出ない)
- 歯ぐきが下がってインプラント体が露出する
- 膿が出る
- 口臭
- 歯周ポケットが深くなる
- インプラント体がグラグラする(天然歯より出にくい)
- インプラント体が抜ける
■天然歯の歯周炎と比べてなぜインプラント周囲炎は危険なの?
天然歯の歯周炎とインプラント歯周炎は似ているようで違いがあります。それは、天然歯とインプラントの構造の違いによります。
<天然歯とインプラントの構造の違い>
- 天然歯には歯根膜があるがインプラントにはない
- 歯ぐきと歯根をつなぐ繊維の構造の違い
- 血液供給の違い
まず1ですが、歯根膜は歯にかかる力を緩衝するクッションの働きをしているのですが、インプラントにはこれが存在しないことによって、インプラントにかかるダメージがダイレクトに骨に伝わり、骨が吸収してしまいやすいのです。
次に2ですが、天然歯とインプラントでは歯ぐきとの付着の構造に違いがあり、インプラントの場合の付着は比較的弱く、歯ぐきの炎症・感染が深部に進みやすい状態になっています。
最後に3に関してですが、天然歯は3方向(歯ぐき、歯根膜、骨)からの血液供給を受けているのですが、インプラントは2方向からのみ(歯ぐき、骨)となります。そのため、免疫機構が天然歯の場合に比べて働きにくく、感染が進行しやすいのです。
■インプラント周囲炎とはまとめ
- インプラント周囲の炎症は厳密にはインプラント周囲粘膜炎とインプラント周囲炎に分けられる。
- インプラント周囲炎の原因は歯垢。その他に歯周病の既往、喫煙、かみ合わせの負担過剰によってかかりやすくなる。また手術時のミスによって起こることもある。
- インプラント周囲炎の主な症状は、歯ぐきの出血、発赤、腫れ、口臭、膿が出るなど。
- インプラントは天然歯と比べて構造上の弱点があり、一度感染すると非常に進行しやすい。
2インプラント周囲炎を放置するとどうなるの?
■放置すると最悪、どうなるの?
インプラント周囲炎は体の他の大部分の炎症とは違って自然に治ることはありません。また、天然歯の歯周病と比較して進行が非常に速いという特徴があります。ですので出来るだけ早めに治療を受ける必要があります。吸収して失われた骨は戻ることがないのです。インプラントの先端まで骨の吸収が進むと当然抜け落ちてしまいます。
■他の歯への悪影響はあるの?
インプラント周囲炎は歯周病原菌による感染症です。インプラント周囲炎がおこることによって周囲の歯も巻き込まれてしまう可能性が高くなります。また、インプラントが動揺してくると、かみ合わせのバランスが崩れることにより他の歯に強い力がかかってしまい、他の歯の歯周病が進みやすくなります。
■全身への悪影響はあるの?
インプラント周囲炎を引き起こしている歯周病原菌の出す毒素が血管や唾液を通し全身を巡って次のような病気を引き起こしたり悪化させることがわかっています。
- 心臓病
- 糖尿病
- 脳梗塞
- 呼吸器疾患
- 関節炎
- 腎炎
- 肥満
- メタボリックシンドローム
■インプラント周囲炎放置することのまとめ
- インプラント周囲炎は放置すると急速に進行し、異変に気づく頃には手遅れになっていて抜け落ちる、または撤去しなければならないことが多い。
- インプラント周囲炎を放置することによって、他の歯の歯ぐきにまで炎症を起こしたり、全身の健康状態に悪影響を与える可能性がある。
3インプラント周囲炎の治療
■インプラント周囲炎と言われた場合どんな治療法があるの?
インプラント周囲の炎症を診断する目安として歯ぐきの溝の深さ=歯周ポケットの深さを測り、その深さによって重症度を判断します。
①歯周ポケットが3ミリ以下で出血がある場合
これはインプラント周囲歯肉炎の状態で、自宅での歯ブラシをしっかりできるようにブラッシング指導、また歯科医院での徹底的な歯の清掃(PMTC)を行うことで改善の見込みがあります。
②歯周ポケットが4〜5ミリ
家庭での徹底したブラッシングはもちろんのこと、歯科医院でのPMTCと歯周ポケットの薬剤による洗浄が必要となります。薬剤はグルコン酸クロルヘキシジンが有効といわれています。この薬剤による洗口も家庭で毎日行います。
③歯周ポケットが5ミリ以上で出血が見られ骨の吸収が2ミリ以下の場合
レントゲンを撮って骨の吸収が2ミリ以下である場合、家庭での徹底的なブラッシング、薬剤による洗口、歯科医院でのPMTCと歯周ポケットの薬剤洗浄に加えて抗生剤の全身服用、また歯周ポケットへの注入が必要となります(約10日間。)
④歯周ポケットが5ミリ以上で出血が見られ骨の吸収が2ミリ以上の場合
この状態になると早急な対応が必要です。③の処置に加えて外科処置が必要となり、場合によっては摘出しなければならないことがあります。ここでいう外科処置とは感染した歯ぐきを切り開いて汚染物質を除去して感染した歯ぐきを切除したり、場合によっては骨造成を行うことです。
■再手術が必要になる時はどんな時でどんなことをするの?
インプラントの再手術が必要になるのは次の二つの場合です。
①なんらかの理由でインプラントと骨結合しなかった場合
この場合は、インプラントを一度撤去し、再度インプラントを埋め込む手術を行います。骨の造成が必要になってくる場合もあります。
②インプラント手術の後に感染した場合
この場合は、感染により骨が吸収して減ってしまっていますので、減ってしまった骨の量を増やすために骨造成手術が必要となり、その後インプラントを埋め込む手術を行います。
■再手術の金額はいくらくらい?
インプラントの保証期間、再治療に関しての契約内容は医院によって異なりますが、一般的に言って、患者さんに非がない場合は再治療費用はかかりません。ですが、きちんと手入れをしなかったり、メインテナンスを受けなかったり、喫煙をしたり、医師の指示に従わなかったり、保証期間がきれた場合には保証が効きません。保証が効かない場合はインプラント手術の料金が再度かかることになります。
■インプラント周囲炎の手術や治療費用は保証対象になる?
インプラント周囲炎などのトラブルに関しては上記のインプラント再手術と同じように、保証期間中に歯科医院の定めた条件を守っていた場合にのみ保証されることが一般的のようです。 保証されない場合は歯科医院の設定した治療費を支払うことになります。
■インプラント周囲炎の治療にはレーザーがいいって聞いたけど・・・
歯科用レーザーは何種類か存在します。全てではありませんが、インプラント周囲炎の治療に使えるレーザーもいくつかあります。通常のレーザーを用いないインプラント周囲炎の治療で外科処置を行う場合と比べて様々なメリットがあります。
<レーザー治療のメリット>
- 出血が少ない
- 痛みが少ない
- 治りが早い
また、最近では光殺菌治療という最新の歯周病菌殺菌システムがとくに注目を浴びており、インプラント周囲炎の治療にとても効果的だということで世界的に注目を浴びています。
光殺菌治療
感染部分に青い光感受性ジェルを浸透させ、赤い光を照射して化学反応させることで細菌を死滅させます。医科の分野では早期癌の治療として1990年頃から使われている治療法です。
光殺菌治療のメリットは
- 痛みがない
- あらゆる細菌に対して効果がある
- 抗生剤を使わないため、耐性菌にも効く
- 副作用がないため繰り返し行える
■インプラント周囲炎の治療まとめ
- インプラント周囲炎の検査は出血と歯周ポケットの深さを図ることで判断し、それぞれに応じた治療を行う。
- インプラントが骨と結合しなかったり、感染を起こした場合には再手術が必要となる。
- インプラント手術後のトラブル(再手術、インプラント周囲炎の治療など)に対して保証がきくのは保証期間内であり、かつ歯科医院の定めた条件を守っていた場合のみ。
- インプラント周囲炎に対するレーザー治療が応用されており、とくに光殺菌治療という最新のレーザー治療が「痛みがない」「耐性菌にも効く」「副作用がない」ということで注目を浴びている。
4アナタは大丈夫?インプラント周囲炎
■インプラント周囲炎にならないために
<術前にできること>
- 口の中を日頃から清潔にしておく
- 歯科医院で歯石とりなど歯周病の治療をしっかりやっておく
- できれば禁煙をしておく
- 糖尿病のある人はコントロールをしっかりしておく
<術直後にできること>
- 薬の服用や傷口の消毒に関する注意事項をしっかり守る
- 喫煙者はタバコを控える
- 傷口を舌や指で触るなど刺激しない
- 口の中を清潔に保つ
<インプラント周囲炎を予防するためのポイント>
インプラントが入った後に次のようなことを気をつけることによって周囲炎を極力防ぐことができます。
- 口の中を清潔に保つ
日常的なプラークコントロールが一番大切です。歯ブラシや歯間ブラシなどを使っての清掃や洗口剤を使って、常に清潔を心がけるようにしましょう。口の状態はひとそれぞれ違いますから、歯科医院で正しい清掃方法を聞いておくと良いでしょう。
- 歯垢が溜まりにくい食べ方をする
甘いものや軟らかいものばかり食べる食習慣は歯垢が溜まりやすくなる原因となります。また、間食をだらだらするのも歯垢が唾液で洗い流されるひまががなく、歯垢が常に付いている状態となりよくありません。繊維質のものも適度に食事に取り入れ、よく噛むようにして唾液の分泌を促し歯垢が溜まりにくいようにしましょう。
- 喫煙をなるべく控える
喫煙は歯周病やインプラント歯周炎を悪化させます。できれば禁煙しましょう。
- 舌や指で押したりしない
過剰な力がかかることによってインプラントに負担がかかってしまいます。
- メインテナンス・定期検診を受ける
歯科医院で定期的にプロによる口の中のクリーニングを受けたり、レントゲンでインプラントや骨の状態、また他の歯の状態の確認をしたり、かみ合わせの確認をし、必要であれば調整、治療をしてもらうことによりインプラント周囲炎を防ぎやすくなります。
- 糖尿病のコントロールをしっかりする
糖尿病と歯周病は密接な関係があり、糖尿病が悪化すると歯周病が進みやすいためコントロールをしっかりとする必要があります。
■インプラント周囲炎にならないために、まとめ
インプラント周囲炎を予防するためのポイント
- 口の中を清潔に保つ
- 歯垢をためない食生活
- 喫煙を控える
- 糖尿病のコントロール
- インプラントに異常な力をかけない
- メインテナンス、検診をしっかりと受ける
5インプラント周囲炎、日本とスウェーデンとの比較
スウェーデンは予防歯科先進国として知られ、虫歯や歯周病などの疾患が世界で最も少ない国と言われています。それはかつて、虫歯や歯周病で歯を失うことの多かった同国の政府が1970年代に国を挙げて予防歯科を国家的プロジェクトとして発足させた効果がでているためです。20歳未満の国民は検診や治療が無料で、国民全員が定期的にプラークコントロールの治療や歯科指導を受けられることもあって国民も予防歯科に対しての意識が高く、口の中の衛生状態も良いことが伺われます。
スウェーデンはインプラント治療は全て保険対応
そんなスウェーデンのインプラント治療は保険対応であり、インプラント手術は日本のように一般開業医によるものではなく、すべてがインプラントの専門医によって行われています。つまりは高い水準において治療がなされているということです。その状況においてインプラント歯周炎にかかっている人の割合は約25パーセントにも達するそうです。言い換えれば4人に1人の割合ということになります。また同国で、インプラント治療は専門医から受けたものの、その後のメインテナンスを一般歯科医で受けた患者さんにおいては、インプラント歯周炎の罹患率は約78パーセントにものぼり、その後のメインテナンスがしっかりと行えていなかった患者さんがいたことが推測されます。
スウェーデンでさえ、インプラント周囲炎にかかる人が多い。一方、日本は・・・。
日本においてはインプラント治療の専門医制度がないため、ほとんどのインプラントの治療は一般開業医で行われています。また、患者さんの予防歯科の意識が低く、スウェーデンに比べ口の中の環境が悪い人の多い日本では、インプラント周囲炎にかかっている人の割合はスウェーデンをはるかに超えることは間違いないだろうということは容易に想像できます。ですが、日本では現在、インプラント歯周炎に関する疫学調査がなされていないため数字としてははっきり分かっていないのが現状です。
6インプラント周囲炎総まとめ
インプラント周囲炎の症状は歯ぐきの出血、発赤、腫れ、口臭、膿など歯周病の症状に似通っているが、歯周病よりも自覚症状が出にくく、急速に進行しやすい。インプラント周囲炎は放置するとしまいには抜け落ちてしまう。また、他の歯に歯周病を起こしたり、全身に悪影響を起こす可能性がある。
インプラントの炎症のトラブルにおいての治療や再手術に関する保証は歯科医院の提示した条件を満たしていないと受けられないので注意する。インプラント周囲炎に対しての最新のレーザー治療が効果、副作用の点で注目されている。
インプラント周囲炎を予防するポイントは「プラークコントロール」「禁煙」「メインテナンス」「糖尿病のコントロール」歯科治療、インプラントにおいても先進国のスウェーデンにおけるインプラント周囲炎の罹患率は4人に1人。日本では現在統計がないが、それを超えることは間違いないと言われている。